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ひまわり [エッセイ]

祖父は、とても口数の少ない人だった。
夏休みや年末年始に遊びに行っても、大抵はずっとテレビの前の定位置から離れずにいて、
”お腹すいてない?”
”一緒にお散歩に行こうか?”
などと、逐一世話を焼いてくれた祖母とは対照的に、
私たちが騒ごうが泣こうが、子供のする事にはあまり関心がないように見えた。

 

ハイカラだった彼は、いつも仕立ての良い背広にお洒落な靴や時計を身につけていて、孫の目から見ても粋で格好よかった。スポーツとお洒落が好きで、甘いものに目がなくて、そして何よりも芸術を敬慕していた。
美術を愛し、音楽を愛し、仕事の合間を縫っては、趣味の範疇を超える熱心さでもって自ら油絵を描いたりもした。
そんな祖父から影響を受け、娘である母はピアノを習い始め、そしてその娘である私も時を経て、同じく音楽の道を志すようになった。
芸術家としての私のルーツは、間違いなく祖父にあるのだと思う。

 

いつだったか、遊びにきた私たちに、祖父が手料理を振舞ってくれたことがあった。
烏賊のリングフライ。帆立のバター焼き。天ぷら。
料理上手だった祖父の料理は、そのどれもが素晴らしい出来栄えだったのだけど、ちょうど思春期でダイエット中だった私は、少ししか食べることができなかった。
「なんだ、もう食べないのか。美味しいのに」
残念そうに呟く祖父の姿を思い出すたび、今でも胸の奥が小さく疼く。

 

そんな祖父が亡くなって、もう何年も経つ。
遺品の整理をしていた時、祖父が愛用していた財布の中に、一枚の写真が入っているのを見つけた。
無邪気に笑う、幼い頃の私。
「ゆきちゃんのこと自慢の孫だって、よく皆に見せて回ってたのよ」
懐かしそうに母が微笑む。
不器用な祖父がこちらに向けていた背中は、思い返せばいつだって優しく、リビングの何故だかほっと安心できるその場所が、私は大好きだった。

IMG_1101.jpg

実家の居間に飾ってある、祖父が描いた大きな油絵。
この絵を見ると、北海道の輝く夏の光とともに、
「よく来たね」
そう言って私たちを出迎えてくれた、祖父の温かな笑顔を思いだす。

ひまわりが大輪の花を咲かせる季節が、今年ももうすぐやってくる。

 


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お弁当 [エッセイ]

昔から、お弁当が好きだ。

レストランでの食事も自宅で囲む食卓も、どちらも好きだけれど、お弁当にはそれらとはまた違う独特の趣がある。

まず、何が入ってるのかと、蓋を開けるまでのドキドキ感がいい。
たまご焼きの黄色、ほうれん草の緑、ピンクの焼き鮭。日の丸ご飯になすの漬物。
少しずつぎっしり詰まった色鮮やかなおかずは、見ているだけで心を浮き立たせる。
逆に、茶一色のお弁当も悪くない。
炊き込みご飯、から揚げ、味の染みた煮物、がんもどき。
田舎風のラインナップも、それはそれで乙なものだ。

新幹線の中、移りゆく車窓の風景を眺めながら、一品一品をゆっくりと味わっていく。
日常の喧騒をしばし忘れさせてくれる、至福のひと時。
ちょっと冷えたおかずも、梅干の赤が色移りしたご飯も、普段だったら甘すぎるおかずの味付けも、お弁当だと何故か無性に嬉しくなってしまうのが不思議だ。

~~

幼い頃。
今では想像できないけれど、私は人見知りが激しく恥ずかしがりな子供で、”大勢の人がいる場所”というものが、本当に苦手だった。公園で滑り台やブランコに乗ったりすることすら、私にしてみれば公共の場で全裸を晒しているに等しく、いつも周りに人影がないことを見計らってからこっそりと乗ったものだ。
家の中や気を許した一部の友人相手には元気に振舞えるのだけど、外では萎縮してしまう。
まぁ、いわゆる内弁慶タイプの子供だった。

そんな私にとって、遠足や運動会で一緒にお弁当を食べる友達を見つけるという作業は本当に勇気のいることだった。

「じゃあ、お昼にしましょうか」
先生の合図でわぁっと駆け出す子供たち。
あちらこちらで楽しそうに円が描かれていく中、一体どこに混ざればよいのやら、出遅れた私は半べそをかきながらうろうろ歩き回る。

どうしよう。混ぜてって言えばいいのかな…
でも恥ずかしいし、一人で食べようかな…

「あれ、ゆきちゃん何してるの?」
その内に気のつく友人の誰かが声をかけてくれて、そこで幼い私はようやくほっと腰を下ろし、お弁当の包みを解くことができるのだった。

~~

あんな時代もあったなと、懐かしい気持ちで箸を進める。

気になっていた男の子に、から揚げと交換にもらったウインナー。
徒競走で派手に転び、泣きながら食べた塩むすび。
中学時代、母と大喧嘩した翌日の、大好物の三色そぼろ。

おかずの数だけ無数に思い出は存在し、箸を進めるたび、現代の私の心が童心で満たされてゆくのを感じる。

きっとお弁当とは、つまるところ幸福な記憶の象徴であり、その記憶がもたらす安心感こそが、お弁当の美味しさの何よりもの隠し味なのだろう。




さて、話が脱線しましたが、この前食べたお弁当。

 110920_204516.jpg
世界遺産記念の平泉弁当。1300円。

 110920_204756.jpg
なんともめでたいこの感じ。

ちなみにおかずのラインナップが、アワビにウニと超豪華すぎたため、連動する思い出がなく全く郷愁は呼び覚まされませんでしたが、それでも大変美味しくいただきました。


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思い出 [エッセイ]

 彼は、いつもせっかちな人だった。
歩くのも食べるのも、とにかく行動がすばやかった。彼の目の前で空になった皿やフォークたちは、5分後には必ず綺麗に洗われきちんと食器棚にしまわれていたし、みんなで固まって歩いている時も気づくと彼はいつも先を行っていて、数メートルごとに立ち止まっては、少し照れたような表情でのろのろ歩きの私たちを待っているのだった。
「もっとゆっくり歩こうよ~~」
そう声を掛けるとしばらくは並んで歩いているのだけど、やっぱり耐えられないのか30秒もするとむずむずしだして、またもや気がついた時には数メートル先を足早に歩く彼の背中があったことを、今でも微笑ましく思い出さずにはいられない。


彼は、皆を楽しませるのが大好きだった。
いつでも彼の周りは賑やかで、笑い声が絶えなかった。時たま発せられるハイレベルなギャグ、そして大抵はどうしようもない彼の冗談に、みな腹を抱えて笑った。
実を言うと、最初の頃は毎日ふざけてばかりいる彼を半ば呆れ気味に見ていた。だけど、ジュースをこぼしてしまった時、誰かが落ち込んでいる時……程度の大きさにかかわらず、何か起こった時真っ先に気づくのは大抵彼で、一度そう気づいてから彼を観察してみると、本当に、いつでも人一倍の気遣いとサービス精神を身に纏って生きている人なのだった。ギャグを連発するのも場を盛り上げようという気遣いなのだという事が、彼を知るうちに分かった。
「そんなにいつも気を遣っていたら疲れてしまうのではないか」と心配になった時期もあった。
でも、自分を多少犠牲にしてまでも皆を笑顔にすること、きっとそれこそが彼にとっての自然体だったのかなと、今は素直にそう思っている。


彼は、シャイで真面目な人だった。
いつも場の中心にいて皆を笑わせていた彼なのに、自分の事はびっくりするくらい何も語らなかった。
誰が誰を好きだとか、誰と誰が付き合っただとか、4年間のオランダ生活の間、数え切れないくらいの噂が流れては消えを繰り返してきたけれど、彼の恋愛の話はひとつも聞かなかった。
彼だって年頃の男の子。好きな女の子のひとりやふたりがいない訳ないと、機会を見つけては話を振ってみるものの、いつも軽い冗談ではぐらかされてしまって、それでその話はおしまい。気がつくと自分の悩み相談になっていたりするのだった。
約4年。けっこう長い付き合いだったのに、彼は一度も私を下の名前を呼んだことがなかった。
皆の前では彼が作ったあだ名、ふたりの時は全く几帳面に、必ず名字にさん付けだった。


私と彼はオランダ留学を同時に終え、同じ日の同じ時刻、同じ飛行機で日本へ帰国した。
その帰り道の途中で、彼は初めて、自分の事をいろいろ話してくれた。
日本にいるひとりの女性を留学中もずっと一途に想っていたこと。尊敬している演奏家のことや、将来の夢のこと。
いつもと違ってギャグや冗談を全くまじえずただ静かに言葉を紡ぐその姿は、私の知っている彼とはまるで別人のようで、その初めて見る一面はまさに驚きだった。そして留学生活の最後の最後になってしまったけれど、初めて心を許して語り合えたことを、本当に嬉しく思った。

私は仙台、彼は広島へ。成田で握手をして別れた。
「また数年後に仲間みんなで集まって、温泉でも行こうね!」
それが、彼と交わした最後の言葉になってしまっただなんて、どうして信じられるだろう。


せっかちだった彼は私たちを置き去りにして、またもやひとりで先へいってしまった。
持病の喘息の発作だったという。息ができなくて、苦しくて、どんなにか辛かっただろう。
オランダ留学中も発作はずっとあっただろうに、彼は何も言わなくて、いつも馬鹿ふざけばかりしていて。私は全く気づく事ができなかった。
まだ、これからだったのに。これからお互いの街で、大好きな音楽の仕事を頑張って、そしてもっと大人になった頃にオランダの仲間みんなで再会して、当時話せなかったいろいろな事を話せたらいいなと思っていた。いつか一緒に音楽活動もしたかった。

「太く短い人生だったね」
誰かがそう言った。きっと彼は彼なりに、十分に生き抜いたのだろうと思う。
でもやっぱり、今はまだ納得することができない。

あの笑顔を二度と見る事ができないのが、ただただ、悔しい。


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言い訳人生からの脱却 [エッセイ]


「忙しい」と口に出す事が、あまり好きではない。

どんなに忙しくともそれを周りには決して見せず、常に余裕の笑みを浮かべながら仕事もプライベートも楽しみながら完璧にこなす……そんな大人になりたいものだと昔からそう思ってきた。

が、どうだろう。
先ほど、ふとここ数日の自分の送信メールを読み返してみて愕然とした。
「ここのところ凄くバタバタしちゃってて…」
「忙しくて大変で…」
「ごめん、また今度に…」
そんな言葉のオンパレード。大人の余裕の1ミリのかけらすら見当たらないではないか。

他の人はどうか分からないけれど、私自身に限って言えば、時としてこれらの言葉は自分を守るための盾として使われているような気がする。
物凄く期待されながら「それほどじゃなかった」と思われるより、大丈夫かしらと思わせておいて「思っていたよりずっと良かった!」と思われる方が、ずっとずっと得なのだ。
いつも温厚なスマップの草○君がある日むしゃくしゃして野良猫に空き缶を投げつけたら、
「草○君てば、実は乱暴な性格だったのね」
となるけれど、不良グループのリーダーがある日こっそり捨て猫に餌をやっていたら、
「あら、あの人って実は優しい人だったんだ」
と、こうなるのと一緒で、相手の自分の対する期待値が低ければ低いほど、少ない善行でぐっと好意的な評価が得られやすくなるのだ。
たとえ残りの364日捨て猫に餌をやっていたのが草○君だったとしても、理不尽だろうが何だろうがそれが今も昔も変わらぬ人間心理のひな形なのである。

余談だが、これに似た人間心理をうまく応用しているのが細木○子先生で、彼女が人の心を掴む術に長けているのは、この仕組みをよく理解しているからなんだとか。
最初にとことん相手を叱り付け「あんたは全然ダメだよ!」とどん底までつき落とし、それから初めて「でもね…」と救いの手を差し伸べる。最初から自分に満足しきった人間にお説教してもあまり効果はないけれど、自身を否定された後に与えられる僅かな優しさの効果は絶大…とそういう事らしい。

と、なんだか話がかなり脱線したような気がしないでもないが、つまり何が言いたいかというと、私が「忙しい」という言葉を好きになれないのは、それを使う事で、やるべきノルマのハードルを下げ自分自身を甘やかしているような気がするからであり、そんな言葉で身を守らずとも世間のプレッシャーと戦えるようでなくてはまだまだ一人前とはいえない……と、そう日々痛感しているからなのだと思う。

私も社会人。もう子供じゃないのだ。
万が一失敗した時の言い訳の布石を敷くような、そんな臆病な行為はもうやめよう。どんなにやる事が沢山あっても、自分を甘やかすのはもうやめよう。

 

補足:
それにしても今月は、来月頭の二つのコンサートの練習やリハーサル、5月のトークコンサートの準備でただでさえ忙しいのに、秋のデビューコンサートのちらし作りや後援申請の手続きまでしなくてはならなくて、本当に大変でした。


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きっと大丈夫 [エッセイ]

最近、やたらと合格祈願のお菓子が目に付く。
ちょっと調べてみても、
カール→ウカール(受かーる)
キットカット→(きっと勝つ)
ポッキー→キッポー(吉報)
ハイレモン→ハイレルモン(入れるもん)



その他にも「サクラサク」を意識したチェリー味のお菓子やダルマサイダーなどなどバラエティは実に豊富で、しかもまたこれが結構なヒットになってるというのだから、何かと験を担ぎたがる日本人の心理とそれに目をつけた会社側の発想としたたかさにはただただ感心するばかりだ。
それを食べたからといって何が変わるという訳でもないのにと分かってはいる。それでも大事な本番を控えている時は、チョコひとつ買うにしてもちょっとでもご利益のありそうな方を選びたくなるのが人間というもの。バレンタインクリスマス同様お菓子会社の策略に見事はまっている気もしないでもないが、不安や緊張を少しでも自信に変える事が出来るのなら、それもアリかもしれないなと思う。

かくいう私も、試験やコンサートの前日に急に不安になり、どうにもこうにも落ち着かなくなったりする事がたまにある。ちゃんと練習を重ね、やるべき事はやったのだと分かっていても、「緊張してとんでもない失敗を犯してしまうんじゃないか」とか、「暗譜を忘れてしまったらどうしよう」とか、過去の失敗が走馬灯のように頭を駆け巡り、更には「明日台風がやってきて延期にならないだろうか」「今から交通事故にでも遭って足を骨折できないだろうか(足という所がリアルな妄想。これでもピアニスト、さすがに指や腕とは思わない)」とかめちゃくちゃな事まで考えるようになって、そうなってしまうと、このマイナス思考の泥沼から抜け出すのはなかなか難しくなってくる。
大抵は気にせず眠ってしまえば朝には落ち着いている事が多いのだが、どうしても気になって眠れず、このまま明日を迎えてしまって大丈夫という確信が持てない、とそんな時は占いに頼る事にしている。

インターネット上の12星座占い「明日の運勢」を探し、片っ端から占う。
ヤフーで駄目ならMSN、それでも駄目ならエキサイト…と、良い運勢が出るまでしつこく粘る。基本的に占いは良いことしか信じない主義なので、途中悪い結果がでても気にしない。占いのサイトはネット上に無数に存在するし、12星座が駄目なら13星座、タロット占い、細木数子式などといくらでもあるので、妥協せず、満足する結果が出るまで占う。そうしていると、大概は「明日は最高にハッピーな一日になるでしょう!」などという診断結果にたどり着く事ができるので、それでようやく、「ああ良かった。これで明日は大丈夫だ」と安心して眠るのである。

そこに辿り着くまでには全く違う結果が出ている訳だし、本当は占いなんて天気予報の1割も信じてなかったりするのだけど、それでも「きっと成功するでしょう」といわれれば、根拠のない自信が沸きあがってきて不思議と落ち着く。自らの単純さに呆れながらも、自信なんて元々いい加減で曖昧な物に違いなく、要は第三者からの「きっと大丈夫!」の言葉が欲しいだけなのかもしれないなと思う。

「勝負の時」は、誰の人生にも必ず訪れるもの。
そこを乗り越えるまでは本当に辛く大変だけど、「限界まで頑張る」経験をする事は、その結果がどうであれ、人間を一回りも二回りも成長させてくれると思う。今後の大きな自信にもつながる。
最近、楽な方楽な方へとばかり逃げてしまいがちな私だけど、まだまだ守りに入るには早いのかもしれないな。楽しい事ばかりでは人間いつまでたっても成長しないし、困難があるからこそ喜びもある。

お気楽人間の私ですら、ちょっぴり気持ちの引き締まるこの季節。

受験生のみんなへ、心からのエールを送ります。


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蕎麦と音楽に関する考察 [エッセイ]

今日は、夕ご飯にそれはそれは美味しいお蕎麦をいただきました。
山形の手打ち蕎麦。タリアテッレのような太麺タイプで、その独特の歯ごたえと香り、豊かな風味と深い味わいは本当に絶品で、けっこうな量だったにもかかわらず、あまりの美味しさにするするっと胃におさまってしまいました。

そういえば、料理音楽はどこか似ているような気がしないでも、ない。

まず、料理も曲も、人間によって考えだされ試行錯誤の結果生み出された創造物であるということ。
そして、料理人にも音楽家にも、豊かなイマジネーションと高い技術が必要とされるという点。
また、生み出された作品をより味わい深く昇華させるために深い愛情と情熱が必要だという部分も全く一緒だし、料理する人物(演奏者)によって自分なりのアレンジを加えることも、それぞれ可能だ。
更には、インスタントから高級レストランまでクオリティに差がある点、その土地土地によって独特の特徴が見られる点も共通しているし、本当に考えれば考えるほど、料理が、非常に音楽と似たタイプの芸術である事が分かる。

そう考えると、素朴で味わい深く、かつダイナミックでストレートであった今日の手打ち蕎麦は例えるならばベートーヴェンといったところだろうか。一見荒削りなようで実は計算しつくされた、素晴らしい味わいだった。

結論。
①今日食べたお蕎麦はとても美味しかった。
②↑ということを音楽家らしく書くのは、なかなかに骨の折れる作業だった。


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それでも私はヒールを履きます。 [エッセイ]

私の靴は非常にやかましい。

歩くたびに
「かきん!」
「かきん!」

階段なんぞ下ろうものならば、半径50Mの周辺ダッチピープルが思わずぎょっと振り向くけたたましさで
「かきん!」
「かきん!」

友人は言ったものだ。
「まるで歩くカスタネットだね!」


シフォンスカートには華奢サンダル!」
ジーンズにこそ、8センチヒール!」
女性誌の謳い文句に踊らされているのか否か、とにかくヒール大好き派の私にとって、ここオランダでの歩行は非常に困難を極める作業である。

まず、オランダの歩道は平らでない。
山を持たぬどこまでも平坦な国土ゆえ、凹凸に憧憬の念を抱いている……のかどうかは知らないが、とにかく山あり谷あり段差あり、日本のまっ平らなコンクリートと比べるともはやアスレチックとしか思えないようなレベルで、素晴らしく、でこぼこ。

更に道の所々で待ち受ける悪魔の存在。
おしゃれイメージの仮面をかぶりながらも、歩行の邪魔をするわ、たばこの吸殻なんかがよく挟まっているわで実際ちっとも有益じゃない、その名は石畳。

更に更に、自慢じゃないけれど、私は自他ともに認める転びやすい女。
実際、卒業文集でも「何もない所でこける人」の称号を得ているし、
地元仙台駅前ぺデストリアンデッキで、階段を踏み外しおしりで20段ほどスライディングした過去も、2度ほどある。

 結果、私が10秒に1回のペースで膝をかくんかくんさせるのも至極当然の成り行きということになるのだ。

悲しいかな、その度に私の哀れなヒールたちは擦られ、削られてゆく。
2、3回の歩行の後、ほとんどの靴のゴム面は綺麗さっぱり消え去り、いまやほとんどの靴から内部の金属がにょっきり顔を出している有り様で。
かかとに釘を隠し持った私は自然、人間カスタネットにならざるを得ないのである。

しかしまぁそれだけなら、少々の恥ずかしさと周りへの小規模な騒音被害だけで済む。
問題は他にあるのだ。
今朝、まさにその第2の災害が発生した。

奇しくも自分の出演するコンサート当日という今日。
自宅で練習を済ませ、ホールへと急ぐ道すがら、
いきなり石畳の溝にヒールがすっぽりと嵌り、かぽっと靴が脱げたのである。

颯爽と風を切って歩いている最中、いきなりつんのめって裸足で数歩ステップを踏んでしまう、この憤り。
背後にぽつねんと取り残された、片方の靴のみじめさ。
このどうにもやるせない心境が、分かっていただけるだろうか。
しかもにやにやしながらこちらを見てくるギャラリーのいやらしい事といったら!
しかし私もプロ。
今まで、ただただ転び続けてきたわけではない。
ここで変に照れ笑いしたり慌てたりしては逆効果だということは、きちんと学習済みなのだ。

まず表情を変えてはいけない。
「あら、ハンカチが落ちたかしら?」
そんな素振りで、あくまで優雅に、さりげなく。
溝にはさまった靴につま先を差し込み、くいっと足首のスナップをきかせればヒールはかぽっと外れ…
私はまた何事もなかったかのように歩き出せばいいのだ。

・・・しかし今日は違った。
ヒールが、とれない。

「あれ、おかしいな」
再度、強めにくいくいとスナップをきかせてみる。
しかしはさまったヒールは1ミリも動かず。

仕方がないから、手を使おうとかがみこむ。

とれない。

どうやら、ピンポイントの、最悪な角度でぴったりと嵌ってしまっているらしかった。
あっちからこっちから引っ張って、それでも駄目ならと押してみて。

とれない。

しまいにはもう「大きなかぶ」のおじいさん状態で、荷物を脇に寄せ、靴を引き抜く事に全神経を集中させる。

とれない!!!

天の声が聞こえてきたかと思った。

《ゆきちゃんはよいこらせっと引っ張りましたが、ヒールはうんともすんとも言いませんでした》

もうこうなったら恥も何もない。
履いていた、もう片方の靴を脱ぐ。
それを右手に握り締め、左手ではさまった靴を押さえる。
手に持った方の靴のヒールでもって、周りの土を、掘り始める。

溝に入り込んだ砂利やなんかをかき出せば僅かにスペースが広がり、はさまったヒールもすっぽりと抜けるはず!と、そう考えたのですね☆

車や人の行き交う街中。
しゃがみこんで穴を掘る私。
・・・思い出すだけで顔から火が出る。

――しかし結局はその捨て身の行動が功を奏し、しばらくののち、私はようやく靴の自由を取り戻す事に成功したのであった。

《協力してくれるおばあさんや隣のおばさんはいませんでしたが、頑張ってひっぱったおかげで、靴はすぽんと抜けました!》

そんなこんなでようやくホール到着。
ただでさえもダメージを受けていた靴は、この救出劇を経て、カスタネットからひとりパーカッションに嬉しくないレベルアップ。

ちなみにホールマネージャーのお姉さんの
「ヒールって歩きにくいわよね…」の一言、
たったワンフロア上の楽屋へ案内するのにさえエレベーターを使用してくださった、その心遣いが、とても心苦しかったです。

ああ、オランダマップ。
はっきりいって私には難しすぎる。

というか、眼前に広がるフィールドを見るたびオランダ人に喧嘩を売られているとしか思えないのは、私だけだろうか。


ピアノとわたし [エッセイ]

試験、なんとか無事終わりました!!

ああ、やっと終わった~!!
平静を装ってブログを書きながらも、実はここ2週間というもの、実は試験のことで頭が一杯で、もう大変だったんです。(笑)

というのもこの卒業試験がイコール私のオランダ留学4年間の締めくくりであり、ロッテルダムの街や学校、お世話になった人々や友人らを大切に思う気持ちと相まって、私にとって特別に思い入れのあるイベントとして位置していたから。
今までの勉強の成果の集大成ともいえるものでもあり、だからこそ、どうしても納得のいくベストな演奏をしたかった。

もともと私は本番に弱く、メンタル面には様々な問題がありました。

①過度の緊張…こうなってしまうと、指先どころか足までがくがく震える始末。ナチュラルビブラート効果。

②集中力の維持…演奏中に雑念が入り込み、おかしな思考にとらわれてしまうことしばしば。今回のプログラムでは、ドビュッシープレリュード「風変わりなラヴィーヌ将軍」の冒頭、ソソド↑ド↓ー♪のパッセージが、もうどうしてもどうしても「駿河湾」に聞こえてしまうというトラウマが難所であった。思い出しちゃいけない、いけない…と思えば思うほどに、頭の中は、もう駿河湾でいっぱい。同じパッセージが調や強弱を変え、そこここに登場する度に東映映画の冒頭シンボル、荒波がざっぷーんの映像がフラッシュバック。するがわーん!ざっぷーん!するがわーん!ざっぷーん!

③体力の消耗…プログラム後半になってくると、疲れて指先に力が入らなくなってくる。肉体の疲労は精神にもリンクするので、そうなると、併発して②にも悩まされる事になり、最悪。

その他にも、冬場には冷えにより筋肉が硬直したり、乾燥によって爪の中が切れたり。大きな舞台や試験ではプレッシャーもかかるしと、演奏以外にも取り組まなければいけない問題は山積みで、今まで何度これらに打ちのめされてきたことか。失敗を重ねるたびに、自分はピアニストに向いていないのではないだろうかと落ち込み、こんな厳しい世界に足を踏み入れてしまった自らの境遇を呪ったりもしました。

日曜日でもGWでも夏休みでも、休む事の許されない毎日の練習。一日平均5時間鍵盤に向かったとして、今回のプログラムを決め、新しく譜をよみ始めたのが去年の10月なのだから、単純計算で5時間×8ヶ月(240日)。少なくとも1200時間以上の時間を、今まで費やしてきた事になる。並行して他の本番の準備もしていることを差し引いても、プログラムの3分の1は過去のレパートリーから選曲している訳だから、その当時かかった労力を考慮すれば、あながち間違った数字ではないはず。

それに引き換え、本番は一時間。時にはたったの10分にすべてを賭けなければならない時もあるのだから、そういう意味では本当に一瞬、と言っていいと思う。(フィギュアスケートの3分半、極めつけの陸上短距離選手よりはまだ猶予があるけれど)

どんなに努力を重ねてきても、どんなに練習でうまく弾けていたとしても、本番がすべて。結果がすべて。
予期できない精神状態や思わぬハプニングによって、今までの苦労が一瞬にして水の泡にも成り得る、恐ろしくギャンブルな世界なのです。

それを言うなら例えば入試なんかだって、一回の本番に長期間の準備を要するのだから一緒じゃないか、とそう思われる方もいるかもしれません。それでもペーパー試験の場合は、大抵の場合、努力すればした分だけ、比例して結果がついてくるものではないでしょうか。もちろん勉学の世界にも、私には思い知る事の出来ないような苦労や問題が多々あるのだと思います。
そう分かってはいながらも、大失敗してしまったコンクールの舞台裏で、緊張のあまりがたがたになってしまった試験の後で、唇を噛み、こっそり涙を拭っては、自分が9年前選ばなかったもうひとつの道を、どこか恨めしく思ってしまうのです。

なんて愚痴をこぼしながらも、それでも今まで続けてこられたのはやはりピアノが好きだから、なのでしょう。

報われない事も多いけれど、だからこそ結果が出た時、尚更嬉しい。
いいコンサートだったね。感動したよ。――ひとりでもいい、そう言ってもらえるのが嬉しい。
大好きな曲を、素晴らしい音楽を、自分の言葉で表現できる事が嬉しい。
ピアノに出会ってから早20年。今まで私が与えられ続けてきたものは、余りにも大きすぎたから。

 

さて、今回の試験。
小さなミスはけっこうあったし、反省点はたくさんあったけれど、それでも成功だった、と言っていいかなと思います。
「音色の幅と自由な表現力」が高く評価してもらえて、満場一致とはいかないまでも、ほとんどの審査員の方から10.0の満点をいただくことができました。
そして、点数よりも何よりも
「I'm really proud of you!」と我が事のように喜んでくれた教授の笑顔が、
「試験じゃなくてコンサートみたいだった」
「一時間があっという間だったよ!お疲れ様」
と肩を叩いてくれた友人の言葉が、
本当に本当に、嬉しかった。

これから先、学ぶべき事、克服しなければいけない課題は山積みだし、この道を完璧に極めるには私の人生を100回繰り返してもまだ足りないかもしれない。
次の舞台では大失敗をやらかして、楽屋のトイレでため息をつくことになるのかもしれないし、たとえ会心の演奏が出来たと思っても、解釈の違いで皆に受け入れてもらえないかもしれない。

それでも結局、ピアノから離れる事も、ましてや嫌いになる事なんか出来なくて、私はこれからも赤い靴を履いて生きていくのだろうな、と思う。
練習なんかサボってコンパにいきたいよとため息をつき、あーあ、報われないなぁなんて時に愚痴りながらも、なんだかんだいって、私はそんな自分の人生を楽しんでいて、そういう物を手に出来た幸運に心から感謝しているのだ。

そしていつか。
100%心から満足の出来る演奏をし、その感動を観客の人々と一体になって分かち合えるような…
そんなピアニストになれる事を夢見て。


 
おわったぁ~~☆


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素晴らしき朝 [エッセイ]

火曜日からパリに住んでいる友人が泊まりにきているので、寝室をゲストに譲り、私は居間に布団を敷いて寝ている。

不器用にも、私はこのように友人が訪れていたり、はたまた何かイベント事の前日だったりすると、決まって眠りが浅くなってしまうタイプである。幼少の頃から、運動会の前の日は興奮のあまりなかなか寝付かれない典型的な子供であった。

この不便極まりない習性。
そして南向きの窓を持つリビングルームへの場所移動。

これら二つの要素が合い重なり、それは結果として睡眠不足をもたらしはしたが、元より3時間も眠れればなんとか一日を乗り切るコツは心得ている。それほど問題ではない。
それよりも何よりも、今私が伝えたいのは、この小さな非日常が素晴らしい発見を与えてくれたという事なのである。
ぼんやりと覚醒しかけた意識の中で、私は黒く闇に覆われていた夜が、朝に覆われていく様を見た。はじめは仄かだったその白い光が徐々に広がり、輝きを増し、街中を満たしてゆく様子を、私は浅い眠りの中で確かに見たのだ。

やがて、鳥たちの囀りが小さく聞こえ始める。
ぴちゅぴちゅとピッコロのように軽やかに、時にはフルートのように伸びやかに、会話のように掛け合い、入り混じりながら、自然界の金管奏者たちは、偉大なマエストロ「朝」に指揮され美しいプレリュードを紡いでいく。
そしてそれらが少しずつ数を増し、最高潮の盛り上がりを見せたその瞬間!
私は聞いた。高らかなトランペットの音を。

コケコッコー

他の鳥たちと明らかに格の違う首席奏者の演奏だった。

コケコッコー、コケコッコー、コケコッコー

鮮明なフレージングでもって、それは数回続き、やがて止まった。

ゆっくりと目を開ける。
暖かな光がそこにあった。
朝。
オランダに住み始めて4年目、そのまばゆい程のエネルギーと美しさに、私は今更ながら気づかされたのだった。

-----------------------------

カムチャッカの若者が
きりんの夢を見ているとき

メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている

ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝返りをうつとき

ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウィンクする

この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている

--------------------------------

大好きな、谷川俊太郎さんの詩を思い出した。
これから先、もし辛い事や悲しい事が起こっても、たとえ人生に絶望することがあったとしても。
朝がこの世に訪れ続ける限り、きっと私はまた前を向いて生きていけるだろう。
世界が美しく、まだ希望に満ち溢れていることを、きっと信じられるだろうとそう思った。


「おはよー」
起きてきた友人にも、この感動を伝えたかった。
「あのね、あのね、すごいの。7時ちょうどにね、コケコッコーって。
コケコッコーって、鶏が鳴いたの!私、そんな体験、初めてで…」
興奮のあまり舌が縺れる。
「あ、ごめーん」
彼女は言った。

「あれ、私の携帯。目覚ましの音」


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まちかど [エッセイ]

赤や白やピンクや黄色。
色とりどりの花びらは
ペルシャ絨毯みたいに鮮やか。

花屋さんに寄った帰り道は、
知らない誰かの窓辺に飾られたミントの葉っぱや、店先に積み上げられたトマトや、
そんな何でもない物たちが、
何故かほほえましい。

いつもより、
ほんのちょっと得した気分になって、
お昼にはパンケーキを焼こう!
なんて、
思ったりする。



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