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思い出 [エッセイ]

 彼は、いつもせっかちな人だった。
歩くのも食べるのも、とにかく行動がすばやかった。彼の目の前で空になった皿やフォークたちは、5分後には必ず綺麗に洗われきちんと食器棚にしまわれていたし、みんなで固まって歩いている時も気づくと彼はいつも先を行っていて、数メートルごとに立ち止まっては、少し照れたような表情でのろのろ歩きの私たちを待っているのだった。
「もっとゆっくり歩こうよ~~」
そう声を掛けるとしばらくは並んで歩いているのだけど、やっぱり耐えられないのか30秒もするとむずむずしだして、またもや気がついた時には数メートル先を足早に歩く彼の背中があったことを、今でも微笑ましく思い出さずにはいられない。


彼は、皆を楽しませるのが大好きだった。
いつでも彼の周りは賑やかで、笑い声が絶えなかった。時たま発せられるハイレベルなギャグ、そして大抵はどうしようもない彼の冗談に、みな腹を抱えて笑った。
実を言うと、最初の頃は毎日ふざけてばかりいる彼を半ば呆れ気味に見ていた。だけど、ジュースをこぼしてしまった時、誰かが落ち込んでいる時……程度の大きさにかかわらず、何か起こった時真っ先に気づくのは大抵彼で、一度そう気づいてから彼を観察してみると、本当に、いつでも人一倍の気遣いとサービス精神を身に纏って生きている人なのだった。ギャグを連発するのも場を盛り上げようという気遣いなのだという事が、彼を知るうちに分かった。
「そんなにいつも気を遣っていたら疲れてしまうのではないか」と心配になった時期もあった。
でも、自分を多少犠牲にしてまでも皆を笑顔にすること、きっとそれこそが彼にとっての自然体だったのかなと、今は素直にそう思っている。


彼は、シャイで真面目な人だった。
いつも場の中心にいて皆を笑わせていた彼なのに、自分の事はびっくりするくらい何も語らなかった。
誰が誰を好きだとか、誰と誰が付き合っただとか、4年間のオランダ生活の間、数え切れないくらいの噂が流れては消えを繰り返してきたけれど、彼の恋愛の話はひとつも聞かなかった。
彼だって年頃の男の子。好きな女の子のひとりやふたりがいない訳ないと、機会を見つけては話を振ってみるものの、いつも軽い冗談ではぐらかされてしまって、それでその話はおしまい。気がつくと自分の悩み相談になっていたりするのだった。
約4年。けっこう長い付き合いだったのに、彼は一度も私を下の名前を呼んだことがなかった。
皆の前では彼が作ったあだ名、ふたりの時は全く几帳面に、必ず名字にさん付けだった。


私と彼はオランダ留学を同時に終え、同じ日の同じ時刻、同じ飛行機で日本へ帰国した。
その帰り道の途中で、彼は初めて、自分の事をいろいろ話してくれた。
日本にいるひとりの女性を留学中もずっと一途に想っていたこと。尊敬している演奏家のことや、将来の夢のこと。
いつもと違ってギャグや冗談を全くまじえずただ静かに言葉を紡ぐその姿は、私の知っている彼とはまるで別人のようで、その初めて見る一面はまさに驚きだった。そして留学生活の最後の最後になってしまったけれど、初めて心を許して語り合えたことを、本当に嬉しく思った。

私は仙台、彼は広島へ。成田で握手をして別れた。
「また数年後に仲間みんなで集まって、温泉でも行こうね!」
それが、彼と交わした最後の言葉になってしまっただなんて、どうして信じられるだろう。


せっかちだった彼は私たちを置き去りにして、またもやひとりで先へいってしまった。
持病の喘息の発作だったという。息ができなくて、苦しくて、どんなにか辛かっただろう。
オランダ留学中も発作はずっとあっただろうに、彼は何も言わなくて、いつも馬鹿ふざけばかりしていて。私は全く気づく事ができなかった。
まだ、これからだったのに。これからお互いの街で、大好きな音楽の仕事を頑張って、そしてもっと大人になった頃にオランダの仲間みんなで再会して、当時話せなかったいろいろな事を話せたらいいなと思っていた。いつか一緒に音楽活動もしたかった。

「太く短い人生だったね」
誰かがそう言った。きっと彼は彼なりに、十分に生き抜いたのだろうと思う。
でもやっぱり、今はまだ納得することができない。

あの笑顔を二度と見る事ができないのが、ただただ、悔しい。


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p-can♪

 良い想い出、苦い思い出、それらすべての想いをピアノで唄うことが、演奏家としての使命でもあると思います。彼の分も、彼への想いも。

 心よりお悔やみ申し上げます
 
by p-can♪ (2007-06-06 09:07) 

トスカ

さよなら、という言葉が実感を持って伝わってくるのは、人生の後半からだったりします。音楽を聴くときは、もうこの人の演奏は二度と聴けないかもしれない、と思っています。
彼はあなたにたくさんの思い出を残して去っていったのですね。
一生の思い出になるyukirdamさんの演奏を聴きたいと願っています。
by トスカ (2007-06-07 20:05) 

yukirdam

>p-canさん
コメント有難うございます。
そうですね…苦しみや悲しみは、いつか人間としても音楽家としても、私の糧になってくれるのかもしれませんね。。今はまだ納得しきれていない部分があるけれど、そんな気持ちも音楽にぶつけてみたら、何かが見えてくるかもしれませんよね。

>トスカさん
コメント有難うございます。
今まで、私は周りにいる人々も、普段の生活も、当たり前の物だと思って生きてきてしまったのかもしれません。今回、友人を失ってみて改めて、ひとつひとつの出来事や出会いが、もしかして一期一会のものになり得る可能性を秘めているのだという事に気づきました。これからはもっと毎日を大切に生きていきたいです。
by yukirdam (2007-06-08 00:51) 

さちこ

おにいやんは、ただもっともっと遠くに引っ越しちゃっただけなんだろうなって思う。だから、たちまち早く新しい連絡先を教えて欲しい。

ゆきちゃん、ちょうど去年の6月9日に、おにいやんのところからおにいやんのふりしてmixiに書き込みしたの覚えてる?エスカレーターの左側だったか、右側に立つ由来とかで。あの夜は、最高に盛り上がっていたよね。本当に笑いすぎで、お腹がいたかったよ。

本当に人一倍に気を遣う人だった。ものすごく繊細な人だったね。ゆきちゃんのことは「お姫さま」、私の事は「おばはん」ってね。。。(←遣ってんのか、こらーーっなんてね。)

すごい早足だったよね。私が、自転車半こぎでちょうどいいくらいだったから。

コダーツコミュ見に来てね。思い出トピ作ったから。そして、私達がしっかり彼の夢を受け継ごう。西条を音楽で一杯にすることを受け継ごう。
by さちこ (2007-06-09 03:43) 

kiha

私も同じように思い出してた。

でも、今回の事がきっかけって言うよりは
久しぶりにオランダ時代の思い出を詳細細かに思い出してみたって感じかな。
だから、彼の事を思い出すと同時に
今離れ離れの、あの時の皆を思い出す感じで
今はそのみんなもバラバラに色々な場所で頑張ってるから
彼もそうなんだろうなって思ってる。

会えないまま会えなくなったから実感がなくて
でも、もう会えないんだなって想像すると
こっちが現実なんだって悲しくもなるんだけど
だけど、また会えるかもって、時々思ってる他の留学仲間を思う
気持ちと同じままで彼の事も、時々思い出して頑張ろうって心が決まったかな。
by kiha (2007-06-11 06:10) 

yukirdam

>さち姉
うん。ただ遠くに引っ越しちゃっただけ……なんだよね!
そしてみんないつかはまた会えるって、そう思うことにするよ。

ミクシィの書き込みは、ほんとよく覚えてるよ^-^
うふふ。あれは面白かったよねぇ。おにいやんは人を楽しませる達人だったね。”たちまち”の意味をちゃんと知ったのは、あの日だった気がするなぁ。あと、あの日はおにいやん「ドラえもん最終回」のサイト見せてくれたり、ポテトフライとかブロッコリー炒め?みたいなの作ってくれたりしたのを思い出しました。懐かしいな…

うん。コダーツコミュ、書き込みでいっぱいにしたいね!
私もちょっとずつ書き込むね!

>kiha
うん。会えないまま会えなくなっちゃったから現実感が沸かない…てそれすごく分かる。
たくさんいたロッテの仲間たちも、結局今はほとんどバラバラで、みんなそれぞれの場所で頑張ってて。。。本当に、おにいやんもその一人のような気がする、というか、きっとそうなんだよね。
>だけど、また会えるかもって、時々思ってる他の留学仲間を思う
気持ちと同じままで彼の事も、時々思い出して頑張ろうって心が決まったかな。

いい事言う……><
キハちんの言うとおりだね。私もそういう風に思おう。
皆がいて本当に良かったです。ひとりだったら、こういう悲しいニュースをきちんと受け止めきれなかったと思う。
お互い、これからも頑張ろうね!
by yukirdam (2007-06-13 01:25) 

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