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素晴らしき朝 [エッセイ]

火曜日からパリに住んでいる友人が泊まりにきているので、寝室をゲストに譲り、私は居間に布団を敷いて寝ている。

不器用にも、私はこのように友人が訪れていたり、はたまた何かイベント事の前日だったりすると、決まって眠りが浅くなってしまうタイプである。幼少の頃から、運動会の前の日は興奮のあまりなかなか寝付かれない典型的な子供であった。

この不便極まりない習性。
そして南向きの窓を持つリビングルームへの場所移動。

これら二つの要素が合い重なり、それは結果として睡眠不足をもたらしはしたが、元より3時間も眠れればなんとか一日を乗り切るコツは心得ている。それほど問題ではない。
それよりも何よりも、今私が伝えたいのは、この小さな非日常が素晴らしい発見を与えてくれたという事なのである。
ぼんやりと覚醒しかけた意識の中で、私は黒く闇に覆われていた夜が、朝に覆われていく様を見た。はじめは仄かだったその白い光が徐々に広がり、輝きを増し、街中を満たしてゆく様子を、私は浅い眠りの中で確かに見たのだ。

やがて、鳥たちの囀りが小さく聞こえ始める。
ぴちゅぴちゅとピッコロのように軽やかに、時にはフルートのように伸びやかに、会話のように掛け合い、入り混じりながら、自然界の金管奏者たちは、偉大なマエストロ「朝」に指揮され美しいプレリュードを紡いでいく。
そしてそれらが少しずつ数を増し、最高潮の盛り上がりを見せたその瞬間!
私は聞いた。高らかなトランペットの音を。

コケコッコー

他の鳥たちと明らかに格の違う首席奏者の演奏だった。

コケコッコー、コケコッコー、コケコッコー

鮮明なフレージングでもって、それは数回続き、やがて止まった。

ゆっくりと目を開ける。
暖かな光がそこにあった。
朝。
オランダに住み始めて4年目、そのまばゆい程のエネルギーと美しさに、私は今更ながら気づかされたのだった。

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カムチャッカの若者が
きりんの夢を見ているとき

メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている

ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝返りをうつとき

ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウィンクする

この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている

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大好きな、谷川俊太郎さんの詩を思い出した。
これから先、もし辛い事や悲しい事が起こっても、たとえ人生に絶望することがあったとしても。
朝がこの世に訪れ続ける限り、きっと私はまた前を向いて生きていけるだろう。
世界が美しく、まだ希望に満ち溢れていることを、きっと信じられるだろうとそう思った。


「おはよー」
起きてきた友人にも、この感動を伝えたかった。
「あのね、あのね、すごいの。7時ちょうどにね、コケコッコーって。
コケコッコーって、鶏が鳴いたの!私、そんな体験、初めてで…」
興奮のあまり舌が縺れる。
「あ、ごめーん」
彼女は言った。

「あれ、私の携帯。目覚ましの音」


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